国際邦船3社や日系物流会社にとって、東南アジア諸国連合(ASEAN)が制度として整える海上協力の枠組みは、ホルムズ海峡の通航判断や南シナ海・マラッカ海峡の運用条件と接続し得る論点になる。ASEAN首脳が8日にフィリピン・セブで採択した海上協力に関するASEAN首脳宣言は、フィリピンでのASEAN海事センター設置計画と、ASEAN沿岸警備フォーラム(ACF)をASEAN憲章附属書I上のセクター別機関として位置づけるための作業を盛り込んだ。ただし、(1)ACFの付託事項(ToR)と概念書(CP)の最終化、(2)海事センターの予算・人員・フィリピン国内の具体的な所在地、(3)海洋ごみ対応の地域行動計画の後継文書、の3点はいずれも未確定にとどまる。実装は、11月10日から12日にマニラで開催される第49回ASEAN首脳会議までに開かれる関係閣僚会合と関連セクター部門の作業に委ねられた。(編集長・赤澤裕介)
物流に効く論点と検証3点
宣言が並べた協力分野は広い。海上法執行、航行安全、海上輸送コネクティビティ、海上貿易ルートの安全、港湾開発、サステナブルシッピング、海上捜索救助、海洋環境の保護、違法・無報告・無規制漁業(IUU漁業)対策、海洋汚染、海洋ごみとプラスチック汚染、海底ケーブルとパイプラインを含む重要海中インフラ、ブルーエコノミー、海洋科学研究と技術移転、能力構築、共同演習、海洋状況把握、情報共有メカニズム、ベストプラクティス交換などを協力強化が必要な分野の例として挙げた。固定的な分野数を定めるかたちにはなっておらず、加盟各国がそれぞれの関心に応じて深堀りできる余地を残している。物流業界に直接効くのは、海上輸送コネクティビティ、航行安全、海上捜索救助、重要海中インフラ、海洋状況把握、情報共有の各項目だ。宣言は南シナ海における関係国の行動宣言(DOC)の完全履行、南シナ海行動規範(COC)交渉を実効的かつ実質的な形でまとめる努力も掲げており、ASEAN海事センターとACFは物流面の論点だが、宣言全体は南シナ海の法的・外交的管理も含む。
ASEAN沿岸警備フォーラムは、2022年にインドネシア海上保安機構(Bakamla)が主導して立ち上げ、同年11月にバリで第1回会合が開かれた。23年の第2回、24年の第3回、25年6月の第4回会合(タイ・パタヤ主催)を経て、付託事項(ToR)と概念書(CP)の最終化が続いている。Bakamlaは、予期しない海上遭遇時の対応手順を扱う机上演習を年内に開く計画を示しており、フィリピン沿岸警備庁は年内のハイレベル会合の主催を表明した。今回のセブ宣言は、ASEAN憲章附属書I上のセクター別機関への位置づけに向けた道筋を示したものの、ToRとCPの最終承認、ASEAN事務局への提出、ASEAN憲章附属書Iへの掲載決定は、関係閣僚会合の後続プロセスに委ねられる。物流業界から見ると、海上保安の協力枠組みがASEAN憲章附属書I上のセクター別機関に位置づけられれば、捜索救助の手続き、海上事故時の連絡経路、越境犯罪対応の情報共有が整理される。

ASEAN海事センターは、フィリピンが受け入れを提案し、宣言で支持された。マルコス比大統領は8日の記者会見で、海事センターは海洋政策の集積点になるとしつつ、目的・体制を定める枠組みは未確定だと述べた。宣言は、海事センターがASEANおよびASEAN主導メカニズムの海事関連作業を支援し、重複を避けると書くにとどめた。現時点で、ASEAN海事センターが邦船社の運航判断を直接支援する機能は確認できない。運航実務との接点は、設置後の権限、情報共有範囲、対外窓口の設計に左右される。
ASEAN加盟国の海上交通環境は、ホルムズ海峡経由のエネルギー供給に強く依存する一方、南シナ海とマラッカ・シンガポール海峡の通航安全という別の制限も抱える。マラッカ海峡では、4月にインドネシアの財務当局者が通航料の徴収を検討すべきとの考えを示し、シンガポールとマレーシアが翌日に異論を表明した。沿岸3国でも立場が分かれており、海上協力の制度化には実務の積み上げが必要となる。海洋ごみと海洋プラスチック汚染への対応も、現行の地域行動計画の後継文書はセブ首脳会議時点で示されておらず、宣言の文言だけで運用が始まる性格のものではない。
物流・海運の現場からみると、ASEANの海上協力の制度設計は、加盟各国の関心が分散したまま、優先順位を共通化する作業を残している。海上輸送のコネクティビティ、港湾、海上捜索救助は宣言に書き込まれたが、域内港湾のキャパシティと運用ルールに直接踏み込む条項はない。日本郵船、商船三井、川崎汽船の邦船3社は、ホルムズ海峡通航の全面再開には至っておらず、船種・荷種・保険条件に応じた個別判断を続けている。商船三井は4月に同社関係船3隻が通行料を支払わずにホルムズ海峡を通過したと田村城太郎社長が明らかにし、航行の自由を前提条件として位置づけている。
11月の首脳会議までに動くのは、関係閣僚会合と関連セクター部門の作業だ。中間期の調整を経て、海事センターの枠組み、ACFのToRとCP、ASEAN石油安全保障枠組み協定(APSA)の批准進捗が、11月のマニラ首脳会議で確認対象となる。物流・海運業界にとって有効なのは、ToR、予算、所在地など実装上の到達点だ。
中東危機で表面化したエネルギー海上輸送の集中リスクは、東南アジアの各国にとっても直接の課題で、ASEANの海上協力の制度設計は、制度面の論点を超えて運用面の取り決めに踏み込む作業を残している。
これら3点はいずれも年内の関係閣僚会合と11月のマニラ首脳会議に委ねられている。
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