国際ホルムズ海峡の船舶自動識別装置(AIS)で確認できる通航は紛争前水準の1割弱にとどまり、邦船3社は3月以降、ホルムズ海峡通航の全面再開には至っておらず、船種・荷種・保険条件に応じて個別に通航可否を判断する運用を続けている。この物流の現状を地域の制度として束ね直す試みが、東南アジア諸国連合(ASEAN)の首脳が8日にフィリピン・セブで採択した中東危機への対応に関するASEAN首脳声明と海上協力に関するASEAN首脳宣言だ。日本側は同じ週に赤澤亮正経済産業相がサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)と協議し、原油の安定供給と備蓄拡大に向けた提案を行った。ASEANは首脳声明で閣僚と関連セクター部門の年内作業を束ね、日本は国家備蓄放出と産油国協議を先行させた。差は、地域枠組みとして実装するASEANと、国家備蓄・二国間協議で即応する日本の手順にある。物流業界にとっては、年内に動く実装の中身が意味を持つ。(編集長・赤澤裕介)
物流現場と11月マニラの確認点
ホルムズ海峡の通航データは、提供主体ごとに数値の幅が大きい。海外シンクタンクが船舶位置情報を分析した整理では、紛争前数週間の平均は1日153隻超だったのが、3月1日以降は1日13隻まで減った。海外データ提供会社の集計では、4月9日の通航は12隻で、紛争前水準の1日およそ135隻を下回る。5月上旬にはAISを切った商業船の動きも衛星画像で確認されており、AIS可視通航数だけでは実態を把握しにくくなっている。物流現場で確認できるのは、再開後も通航量が戻り切らず、保険料率と運航判断が個社ごとに分かれる状態が続いている点にある。
邦船3社のうち商船三井の田村城太郎社長は、4月にホルムズ海峡を通過した同社関係船3隻が通行料を支払っていないことを明らかにし、航行の自由を前提条件として確認した。日本関係船舶のペルシャ湾内滞留は、3月24日の閣僚会議報告で45隻、5月7日の国土交通相会見では42隻と、3隻減った。邦船社は通航を全面再開せず、船種・荷種・保険条件を個別に見ながら通過を決める運用を続けている。
日本政府の対応は、備蓄放出と二国間協議の二本立てで進む。経済産業省は3月16日に、同日から民間備蓄義務量を15日分引き下げ、当面1か月分の国家備蓄石油を放出すると発表した。国家備蓄原油の放出は3月26日以降、苫小牧東部、菊間、白島、上五島、志布志の5基地で順次行われた。4月15日には第2弾としておよそ20日分の国家備蓄放出を決め、民間備蓄義務量15日分の引き下げも5月15日まで継続した。3月時点の民間備蓄義務量引き下げと国家備蓄放出を合わせた流動化規模は、原油換算でおよそ8000万バレル相当に達した。
赤澤経産相は5月4日にサウジでファイサル・ビン・ファルハーン外相と会談し、高市早苗総理の親書を手交した。5日にはUAEでスルタン・アル・ジャーベル産業・先端技術相兼アブダビ国営石油会社グループCEOと会談し、エネルギー強靱化に向けた次の5項目を提案した。
両大臣は5項目すべてについて、具体化に向けた議論を進めることで一致した。7日にはサウジのアブドルアジーズ・エネルギー相とオンライン会談し、4日に手交した親書に基づく提案を含む選択肢を二国間で検討するタスクフォースの設置に合意した。一部国内メディアはUAEから2000万バレルの追加調達で合意したと報じたが、経産省は数量などの詳細は今後協議するとして直接の言及を避けている。日本の原油輸入は中東依存度が高く、UAE産とサウジ産が大きな比率を占めているため、両国との協議の進捗が代替調達の組成に直結する。

セブで採択されたASEAN首脳声明は、米国とイランの停戦をパキスタンの仲介で歓迎し、ホルムズ海峡での船舶・航空機の安全で妨げのない継続的通過の回復を求めた。声明は、エネルギー市場と海上・航空輸送ルート、海上貿易ルート、陸上・越境通過ルートの安定維持の重要性を確認したうえで、東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)が提案した地域共同石油備蓄の調査構想への留意にとどめた。承認や設立決定には至っておらず、検討の入口に位置づけたかたちだ。
声明の中核は、危機調整、エネルギー安全保障、財政安定、食料安全保障、貿易・サプライチェーン、人道対応の6分野について年内に動かす優先アクションを並べた点と、それを実施する責任を、外相、経済相、ASEAN自由貿易地域の理事会、財務相・中央銀行総裁、エネルギー相、農林相など関係閣僚と関連セクター部門に明示的に割り振った点にある。進捗の監視は、ASEAN調整理事会が担う。エネルギー分野では、ASEAN石油安全保障枠組み協定(APSA)の早期発効に向けた批准の加速、ASEAN電力網の前進、バイオディーゼルとバイオエタノールの混合加速、産油国の供給多角化が並んだ。
実務面では、中東情勢に関する特別ASEANエネルギー相会合が4月27日にすでにオンラインで開かれ、APSA批准の加速、ASEAN電力網の前進、燃料混合加速、供給多角化を確認している。定例の第44回エネルギー相会合は9月21日から25日に設定されており、セブ声明はその関連作業を関係閣僚と関連セクター部門に委ねた。共同石油備蓄はERIAの調査構想への留意にとどまり、海事センターの予算・人員・フィリピン国内の具体的な所在地はこれからの協議事項となる。年内の関係閣僚会合と進捗監視を経て、11月10日から12日にマニラで開催される第49回ASEAN首脳会議が進捗確認の場となる。
東南アジア各国の対応は、燃料調達、価格抑制、外貨・補助金管理に分かれた。ベトナムでは航空燃料調達が航空便運航に影響し、フィリピンはエネルギー備蓄をめぐる非常措置を打ち出した。タイは燃料輸出管理、インドネシアは通貨安と燃料調達、マレーシアは燃料補助金の財政負担への対応を進めている。ASEANが採択した2文書は、こうした各国対応を地域の制度として束ね直す方向に踏み出したが、実装は年内の関係閣僚会合と進捗監視に委ねられている。
物流業界が確認すべき点は、APSAの加盟各国批准の進捗、ERIA共同備蓄研究の扱い、ASEAN海事センターの予算規模とフィリピン国内の具体的な所在地、ホルムズ海峡の通航回復ペースの4点となる。日本の備蓄放出と代替調達、サウジ・UAEとの協議は、11月のマニラ会議まで続く。
この記事をより深く理解するために
ホルムズ海峡、商業船ほぼゼロ(3月8日) 戦争保険料の急騰でホルムズ海峡の商業通航が事実上停止した経緯を整理した既報で、本稿の通航データの背景となる。
国家備蓄放出を検討、物流コストへ波及(3月8日) 政府が国家備蓄放出の検討に入った段階を扱い、本稿の3月16日発表に至る流れの起点となる。
備蓄放出、届くまで何日か(3月15日) 国家備蓄放出が末端の物流現場に到達するまでの時間軸を整理した既報。
ペルシャ湾に日本関係船45隻滞留、閣僚会議で報告(3月24日) 政府の閣僚会議で報告された日本関係船舶の滞留状況を扱い、本稿の42隻への漸減の出発点となる。
ホルムズ通行に200万ドル、イランが制度化(3月29日) イランがホルムズ通行に200万ドルを課す制度を整備した動きを扱い、邦船社の通航判断の制約条件を示す。
赤澤経産相が担当相兼務、重要物資の供給調整が焦点(3月30日) 赤澤経産相の担当相兼務に至った経緯を扱い、本稿のサウジ・UAE協議の前段となる。
マラッカ通航料案浮上、沿岸2国から異論(4月22日) マラッカ通航料案にシンガポールとマレーシアが異論を示した経緯で、海上協力の隣接論点となる。
G7貿易相、重要鉱物供給網に政策介入案(5月7日) 赤澤経産相のG7貿易相会合での発言を扱い、本稿の中東外交と並行する政策動きを示す。
ホルムズ通過3隻確認、日本関係船舶42隻に(5月7日) 商船三井関係船3隻のホルムズ通過と日本関係船舶42隻の滞留を扱った直近報で、本稿の前段となる。




























