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「物流2024年問題直前対策会議」レポ(7)/菱木運送・菱木博一社長

2代目社長が挑む、改善基準告示100%順法経営

2024年3月18日 (月)

話題千葉県八街市の運送会社、菱木運送。車両35台を有する、地方の中堅運送会社ながら、荷主との荷待ち解消策、運賃交渉を着実に進めるなど堅実な経営を行っている。そんな菱木運送の経営理念の根幹となるのが、「改善基準告示100%順守最優先」だ。

同社ではすでに、4月1日に実施される改正改善基準告示をクリアしているが、それはどのようにして成し遂げられたのか。また、そもそもなぜそれを経営の最優先課題としたのか。LOGISTICS TODAY主催のイベント「物流2024年問題直前対策会議」のセッション「車両35台の運送会社が荷主に挑んだ待機解消交渉の一部始終」のなかで、菱木博一社長に聞いた。

安全運行で経営リスク低減を目指す

菱木氏は、親が創業した運送会社を30歳の時に継承した2代目社長。継承した当時から今に至るまで、変わらない願いは「心安らかに経営をしたい」ということだ。

「運送会社に事故はつきもの。夜中に電話が鳴るたびに跳び上がるほど驚きますが、そうしたことは少しでも減らしたいというのが、会社を継いでから変わらぬ思いです」(菱木氏、以下同)

▲菱木運送の菱木博一社長

良い仕事をもらって会社の売り上げ、利益が上がっても、事故が起これば状況はガラッと変わってしまう。「交通法規を順守した運行をすればリスクを最小化できるし、そうすれば会社を失うことはない」。そう考えるようになり、運行や経営に関する法制度をできる限り順守していこうという思いを強くしていった。

そして10年ほど前、運輸局の監査が入った際に、監査官に自社の運行がどの程度法に則ったものなのかを聞いてみたところ、「自分で思っているほど順守できていないことに驚いた」という。詳しく話を聞いていくうちに、「改善基準告示」というものがあるということを知った。

「当時は全く話題になっていませんでしたが、ゆくゆくは改善基準告示に沿った運行をする必要があると知り、そこに向けて業務を行っていこうと思いました」

こうして20年前、菱木運送は改善基準告示を含め、100%順法経営を目指し始めたのだ。

「理想の経営は労務管理から始まる」という気付き

取り組みを始めた菱木氏は、「全てに通じるのは労務管理だ」と気付いた。

「もともとはドライバーの事故を極力減らしたいという思いがありましたが、これもドライバーの労働時間を改善基準告示の範囲に収めていけば自然と減っていきます。つまり、適切に労務管理をしていけば、事故は減り、経営リスクも減るということです」

菱木運送はその甲斐もあってか現在は少なくとも重大事故はほぼゼロ。そのため、自動車保険も最も安いランクとなり、経済的メリットも生まれているという。

とはいえ、今よりも荷待ち、荷役に時間がかかり、長距離運行も当たり前という風潮のなかでは、そもそも社内のドライバーに労働時間を守り、休憩もしっかり取るといった働き方をさせることが難しかった。「改善基準告示を説明すれば一応は理解をしてくれますが、毎日運行内容や道路状況が変わるのに、オフィスワークのようにきっちりスケジュール通りの働き方をさせるのは無理がありました」

そこで菱木氏が思いついたのは、ドライバーがどの程度改善基準告示に則った運行をしているのかをモニターすること。当時は運行管理のスマートフォンアプリなどなかったので、開発会社に依頼して、いつからいつまで運行し、いつ休憩を取ったのかが記録できるデジタコ連動のシステムを開発してもらった。こうしてできたのが、今も菱木運送で使われている運行管理アプリ「乗務員時計」の1代目バージョンだ。

「ドライバーに記録を付けてもらい、毎日内容を確認しましたが、日々、改善基準告示を守れていないことを思い知らされショックを受けていました」

その後スマホアプリになってバージョンを重ね、現在のような「今何をするべきか」が表示されるようになると、ドライバーは自分で判断しなくても運行すべきか休憩すべきかが分かり、より適法な運行ができるようになっていった。

しかし、どうしてもあと少しの労働時間が削れない、というケースも多くあった。削れない理由は、荷待ち時間の存在だった。

荷待ちを減らして荷主も利益の最大化を

「ドライバーが乗務員時計を使っていれば、車両がどのくらいの時間待機しているのかは管理側で把握できます。あまり待機が長くなると積み合わせたほかの荷主に迷惑がかかることもあるので、こちらから先方に電話して、理由を話して積み込みを早めてもらえるように頼むこともあります」

また、運行記録を荷主に見せて、荷待ち解消や待機時間分の割増運賃を交渉することもあるという。多くの場合は、菱木運送が用意したデータを前に、荷待ち時間の短縮などの対応を行ってくれたが、かたくなに対応してくれない荷主もいる。その荷主にも運行のデータを持っていって待機時間解消の交渉をしたが、どうしてもできない。仕事が減ってしまうこともあり、厳しい経営判断だが、菱木氏は無駄な待機が多すぎる仕事を断る決断をした。

「その会社には定期便で2台出していましたが、11月いっぱいで1台に減車。もう1台もことし3月いっぱいで引き上げさせてもらうことにしました」

ところがことし1月、知人の運送会社を通じて定期便の仕事の相談が1件舞い込んできたが、それは前年に菱木氏が減車した荷主の仕事だった。菱木氏は知人に事情を話していたが、それが荷主に伝わったのか、年明け早々、その荷主の荷待ち時間は一気に改善された。それまで倉庫が開く7時に真っ先に積み込みができるようにと、朝の3時から来ているトラックがあったが、そうした早いトラックには先に積み込むようになり、その後のトラックもあまり待たずに積み込みができるようになったのだ。

「今までの10年は何だったんだという気持ちもありますが、やはり声を上げていくことが大事なのだということを痛感しました。監督省庁が荷待ちの改善をといっても、荷主にとっては対岸の火事。当事者である運送会社が行動を起こすしかない」

しかしまた、菱木氏は「利害が完全に一致していないとはいえ、あくまで友好的な関係を築くべき」と強調。

「拘束時間が長すぎて仕事を受けられないとなれば、下請けは仕事がなくなることを覚悟して断るしかなくなりますし、荷主も荷物を動かせなくなる。そうした切羽詰まった状況になる前に話ができる関係性が理想的。荷主の利益が増えてこそ、運送会社の利益も生まれます。荷待ち手当を払う必要が無くなれば、荷主もより建設的なところに資本を投下できるはず。双方の利益の最大化を目指すべき」

23年6月には政府から「物流改革に向けた政策パッケージ」が出され、荷待ちの解消がうたわれ、そのためのバース予約システム導入も進んできている。

「確かに予約システムの導入は進んでいますが、導入して責任を果たした雰囲気だけ出して満足してしまっているところも少なくありません。予約の枠自体が少ないと、枠からあふれたトラックは構外で待っていて、予約したトラックの合間に下ろすしかない」

菱木氏の言うように、バース予約の枠の設定自体が少ない場合もあれば、バース自体が少なかったり、フォークリフトが足りなくて荷物が下ろせないというケースもあるようだ。「荷待ち解消には積み下ろしの効率化が必要。そのためにはシステムだけでなく、ハードの増強なども検討してほしいですね。」

運送会社が運行情報などのエビデンスを持って交渉に臨むときは、仕事がなくなっても仕方ないと覚悟を決めているとき。それをむげに扱うのは、独占禁止法で不公正な取引としている「優越的地位の濫用」にあたり、コンプライアンス違反である。

また、これからさらにトラックもドライバーも不足していくという今、そのような荷主は運送会社から選んでもらえない時代が到来しつつある。どんなにいい製品を作っても届け手がいなければ、エンドユーザーに届かなくなる。荷主は、運送会社やトラックドライバーを「下請け」ではなく「パートナー」として考えるべき時期がきているといえるだろう。