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「保管料商売はやめました」第5回コラム連載

2020年12月14日 (月)

話題荷主が保管料単価の高い・安いを述べる際の根拠となるのは、ひとえに相場状況だ。その相場を形成する要因は需給バランスであり、需要は主として一般消費動向、供給は空室率の変動推移に従って決定されている。

「保管料商売はやめました」第4回コラム連載(https://www.logi-today.com/410838

第5章- 統計と相場の乖離

■ 本気で勝ってどうする

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「例外なくまずは値切るし、会話の下の句はいつも”値下げしてくれ”、だ」というのが荷主の常だとしても、あまり責める気にならない。問題は受け手の倉庫会社の身構え方だろう。

受け身の上手い会社もあれば、投げられることを不本意として、まともに組み手を争う会社もある。相手はお客様なのだから、最後は負けて収めなければならないのだが、必ずしもそうとはならない。場合によっては綺麗な一本背負いや強烈な寝技で鮮やかに打ち負かしたりして、数か月後に解約通知を受け取る羽目になったりもする(ある有名な物流会社の実話である)。

■ 負け方の難しさ

だからといって、まともに負けていたのでは実益を失うことになりかねない。「負けながらも痛み分け」という着地が玄人の仕事だと思うのだが、いつも思惑通りに事が運ぶとは限らない。倉庫会社の営業なら「保管料を交渉の具から外したい」と誰もが思うだろうし、私もそのひとりだった。

単価を下げずに荷主の留飲を下げることの難しさは、交渉にあたった本人しか実感を持てない。理屈や相場説明で納得してくれるほど、相手は柔軟ではない。ましてや経営層もしくは収益管理の責を負う部門責任者ならなおさらだ。

■ インターネットの功罪

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ウェブ上の情報流布は、拡大・詳細化の一途だ。かつては倉庫やオフィス専業の不動産仲介者経由で一部の大手企業にしか開示されなかった倉庫の物件情報や相場情報が、簡単な登録手続きで容易く入手できるようになった。これにより、建値とはいえ、倉庫会社が仕入検討の最初とする物件概要の募集価格を、本来は寄託者として営業コストの負担者となるべき事業会社が入手できるになった。つまり、原価を知る相手に、諸々の経費や利益をのせた「保管料」の見積りを出す可能性も否めなくなった。

商売人の常だが、交渉前の下準備として、大まかな相場を把握するために倉庫情報が掲載されたウェブサイトを閲覧しておくことなど、特段珍しいことではない。タネの大半をさらしたうえで演じる手品はやりにくいこと極まりないが、そういう時代に営業する者の共通条件なのだと割り切って臨むしかないだろう。

当然ながら荷主側は躊躇なく相場の下辺に向けて交渉する。もちろん床には裸原価以外に諸経費や利潤が積み上げられることなど百も承知だし、それは自分の会社も全く同じだ。だからこそ下代までの幅を圧縮すべく、限界近くまで値切るのだともいえる。

■ ウェブの外にある本当のこと

現状の話に戻すが、この数年は営業倉庫や3PLにとって追い風ともいえる状況が続いてきた。つまり、相場情報は荷主にタイトさや不足感を与えるに十分であり、連発する着工計画の発表にもかかわらず、それを上回る勢いで「竣工前満床」が続き、供給不足を連想させるに十分な空室率推移となっていた。

しかし、ウェブ画面から離れ、一定規模の倉庫街区を歩いてみれば誰もがすぐに気付くだろう。程度の良い多数の倉庫が空き床を持て余しているという「本当のこと」に。

■ 誰に向けた統計なのか

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賃貸オフィスや倉庫の空室率や相場情報については、数年にわたり一貫して「偏りが大きく、大部分の事業会社には参考程度の統計でしかない」と説明してきた。念のため断っておくが、情報源を批判する意図はない。大多数を占める中小零細の一般事業会社向けに、実務上必要な補足として書いている。

公共放送や大手メディアが報じる「空室率」だが、今一度その統計根拠を整理しておく。

【首都圏・近畿圏・中部圏のオフィス空室率】
調査対象:築11年未満、延床面積1000坪超の賃貸用オフィスビル

【首都圏・近畿圏・中部圏の倉庫空室率】
調査対象:延床面積1万坪以上(中部圏は5000坪以上)のマルチテナント型倉庫

つまり築11年以上もしくは1000坪以下のオフィスビルは統計に含まれていない。倉庫についても、首都圏や近畿圏では1万坪未満の賃貸用物件は統計対象外だ。中小企業のニーズが多い物件の相場動向は別にあるはずで、発表されている統計はごく限られた大企業にしか関わりのない数値であることがわかる。

築15年前後の程度良いオフィスビルは都心の好立地にたくさんある。延床950坪で5階建ての築浅ビルは、移転先候補の物件として遜色ないとする企業は多い。倉庫にしても同様で、3000坪×3層・延床9000坪の築浅倉庫は中小どころか大企業の物流センターとしても好適である事例は珍しくないだろうし、大多数の中小事業者の倉庫は1000坪以下で十分足りる。

■ 相場を逆手にとって

さらには、発表される「賃料相場」も統計母数の構成は上記空室率と同様となる。したがって、一部大手企業とデベロッパー間の建値もしくはフリーレントを加味して再計算された取引単価の平均が「相場」として報道され、景況分析の一端を担ったりする。よくある「平均貯蓄額」「平均賃金」「平均賞与」「平均有給取得日数」などと似通った後味が残って、なんとも言えない微妙な気分になるのは私だけなのか。

(イメージ画像)

供給ラッシュの大規模新築倉庫に押され、空き床が埋まらない大・中規模倉庫は、引き合いの機会に恵まれれば、多少の無理を覚悟して商談テーブルの席に着くだろう。当然ながら、倉庫側は”決める”ために「これぐらいまでは」という思い切った保管料提示を行う。その数字は多くの物件情報を収集してきた借り手には破格と感じる可能性が高い。なぜなら、需要旺盛という前提条件のもと形成された新築相場と比べているからだ。

この乖離を逆手にとって仕掛けるのは、既存倉庫ばかりではない。誰よりも供給過多の床余りを肌で感じている大規模倉庫の営業担当や、破格条件で一括賃借した3PLこそが、ババ抜きの最後に残る事態を危惧している――というのは飛躍しすぎなのだろうか。

■ 答え合わせの蚊帳の外

この話の答え合わせが行われるのに、さほど時間はかからないはずだ。密室でやり取りされてきた生々しい情報が遠からず流布するだろう。その段になって、やっと「合点がいく」ことは、読者諸氏に共通する感想となる。

もちろん始まりはウェブであるし、拡がって共通認識化するのは数週間もあれば十分だ。同じくして、この数年と大きく風向きが変わった論調と見通しがあちこちで見聞きできるようになるが、現実の賃貸借の取引実態と実務は何ら変わらないはずだ。

過去もそうだったし、今もそうだし、今からもそうであることは想像に難くない。「倉庫賃貸借は腰が重く動きが鈍く、始まりから決定までに時間がかかるもの」という実態に大きな変化はない。騒いでいるのは外野ばかりで、貸し手借り手は、仲介業者やメディアがうごめく蚊帳の外でキャッチボールやじゃんけんしたり、相撲を取っている。たまに蚊帳の中をのぞき見し、相手との相性や駆け引きの具を探っているのだ。

―第6回(12月21日公開予定)に続く


永田利紀氏の寄稿・コラム連載記事
■連載
コハイのあした(連載9回)
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BCMは地域の方舟(連載3回)
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もしも自動運転が(連載5回)
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あなたは買えません(連載5回)
https://www.logi-today.com/384920
物流人になる理由 (連載6回)
https://www.logi-today.com/400511
保管料商売はやめました(連載中)
https://www.logi-today.com/408179
■時事コラム
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