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「うちの倉庫はダメだよな」第6回コラム連載

2021年3月8日 (月)

話題企画編集委員・永田利紀氏のコラム連載「うちの倉庫はダメだよな」の第6回を掲載します。ある物流部門の現場責任者「A課長」の物語を通じ、「物流現場を苦しめる根深い問題」に迫ります。

「うちの倉庫はダメだよな」第5回コラム連載
https://www.logi-today.com/421736
わが社でも4月からテレワークが導入された。そして他社同様に止めるわけにはいかない物流現場は、マスク着用や作業台の仕切り板設置などで感染対策をとりながら運営している。物流部の事務職はキッティング作業やその他荷役作業書類の処理のために最低1人がローテーションで出社。データ処理などは原則テレワーク対応とし、私を含む管理職は本社事務所に週1日、現場に週1日か2日というスケジュールで業務をこなしている。

■ 現場での再確認

コロナウィルスの流行はしばらく沈静化していたが、終息に向かうのかもしれないという人々の期待と願いをあざ笑うかのように、最近はもはや第二波と呼ぶべき勢いで急増している。本社のある東京都新宿区、倉庫のある埼玉県新座市ともに状況は再び悪化に転じて、その見通しは明るくなさそうだ。顧客である住設関連の問屋や建設業、ハウスメーカー、各種工場や設備機器輸出商社などの動きも鈍く、出荷は激減からやや持ち直したのち、今月半ばからまた下がり続けている。OEM先である製造会社の工場は大多数が中国にあるのだが、やっと運転を開始し始めて供給再開に安堵した矢先に国内の罹患者数急増だ。

(イメージ画像)

上期決算はリーマンショック時を超える赤字額を計上することは間違いなくなったようだ。営業や仕入がそんな状態だから、倉庫業務も大きく減っている。このままでは出勤調整が長引いているパート従業員への補償にもさらに影響が及んで、退職者が増えそうな気配が漂っている。コロナ終焉後に業務量が回復し始めたら人員数が足らなくなることはあきらかだ。それを考えると現スタッフの維持は死守したいところだが、その負担に会社が耐えられなくなる日も近いことは部長から電話で知らされた。来月半ばの盆時期までには何らかの通達が発せられるらしい。

テレワーク継続が告知されたのは今週月曜日。そのタイミングを待っていたわけではないが、昨日火曜日の現場終業後に「物流業務の現状と問題点‐改善計画案と必要事項及び所要日数に関する提案書-」という名の30数頁に及ぶ長い文書を、宛先に社長と営業本部長、商品本部長、CCに上司である物流部長を加え、社内メールで提出した。それとは別途、提出に至った理由と頭越しとなる独断行為の謝罪メールを部長に送った。

一夜明けて水曜日の夕刻となる今現在、誰からも返信はなく電話もない。テレワーク中なので、WEB会議以外では示し合わせて出勤しない限り、ローテーションの重ならない部長と顔を合わすことはない。無視や黙殺はもとより覚悟していたから、提案書送信と併せて部長に提出した退職願の上期末にあたる日付までに粛々と業務と引継ぎ準備を行うだけだ。

(イメージ画像)

後任が決まり次第、すぐに交代できるよう手順書や補足マニュアル、管理者用のチェックリスト、スタッフの評定と個別コメント付きの人員管理台帳、業務フローの過去ログと変更経緯・変更事由の詳細、顧客別特記事項、運送会社別タリフおよび特約、マテハン業者・資材業者一覧と付記コメント等々、業務ファイルの最終整理もしておかねばならない。そんなことを考えながら、無人の現場事務所で黙々と作業をこなしている。「アナログでももう少し工夫できたのかもしれないな。特にミス多発品番のソートと作業手順の組み換えあたりは…」今さらになって、諦めて手付かずだったいくつかの事項が頭の中をよぎったが、それを今考えても詮無いことなのだ。

自爆覚悟の書類を提出した昨夜の帰路、渋滞に巻き込まれてノロノロ運転しながら先週の出来事を思い出していた。会計士を伴って倉庫にやってきた管理部のB課長の質問や確認点は非常に明快で要領を得ていて、久々に手ごたえのある業務会話ができた。「出世頭」という社内評は決してオーバーではないと改めて実感した。もし外野のうわさ話どおりならば、管理部への異動は腑に落ちない。

おそらくだが、顧客からの評判や部内での信頼や存在感は圧倒的だったはずだ。会計士もしかりで、今までの同職者とはまったく違うタイプだった。在庫データのマスターとローカルの計上時差や差異の発生原因をこちらの説明を待たずに指摘確認して、そのうえで「なぜそんなことが起こるのか」について私の所見を問うてきた。さすがに回答を逡巡していると、B課長がすかざず「オフレコです。一切の遠慮無用でお答えください」と掬い取るように背中を押してくれた。堰を切ったように、とはあの時の私の所作を指すのだろう。

(イメージ画像)

ひと通り話し終わった私は俯いて「言葉が過ぎました。申し訳ありません」と言い添えたのだが、会計士は微笑で小さく首を横に振り、B課長は「お詫びになる必要などないと思います。非常に的確で合理的な説明でした。理路整然として無駄がないので、ただただ黙って耳を傾けるだけでした。業務深耕のレベルが高いことは誰が聞いてもわかると思います」とまっすぐな視線で力強く言った。入荷処理、在庫計上、受注引当などの各事項それぞれに発生しているトラブルや個別対応・特別処理などへの質問が続き、個々の問いについて、現場での実例や実物を模擬したり例示しながら、私は一切の婉曲や遠慮を除して答えた。拭っても止まることのない額の汗は顎をつたって落ち、下着をとおしてシャツやズボンまで湿っていた。

すべてが終わったのは開始から2時間後だった。「やってしまった」と同時に「やっと言えた」と力が抜けていくようだった。救われたような気分になった自分自身にねぎらいの言葉を内心でつぶやいた。もう思い残すことはなく、迷うこともないと心が定まった。

そんなことを思い出していたが、われに返って時計をみればもう21時過ぎになっていた。今日はこれで帰ろう、とPCの電源を落とすためにマウスでブラウザーやらメーラーを閉じようと操作し始めたら、新着メールが届いていた。差出人は管理部のB課長だった。

(イメージ画像)

「お疲れさまです。先日はありがとうございました。会計士のC先生がA課長の仕事に対する姿勢と分析能力に感心していらっしゃいました。私も大いに勉強になりましたし、問題点の明確化が一気に進みそうです。つきましては、前回の仕上げとして倉庫現場で再度確認したいことがあります。明日の業務終了後、全スタッフが退社後に課長だけお残りいただけないでしょうか。終業のあとで恐縮極まりないのですが、重要事項ゆえに無理を承知でお願い申しあげる次第です。19時には倉庫近辺で待機しておりますので、私の携帯にご連絡ください」

会社組織のルールを無視して、頭越しの告発との誹りを免れないことを「やらかして」しまった私と密会することは無用の火の粉をかぶるようなものだ。それに彼はまだ私の退職願提出を知らないはずだ。つまり沈んでゆく泥船に片脚を掛けようとしていることに気付いていない。私と接触することで彼の立場が悪くなることだけは何としてでも避けたい。だからと言って、すべてを打ち明けるのもはばかれる。役職上必要だと個人的に考えているからこそ、業務時間外に秘密裏に再訪したいのだろうし、それで少しでも先々の体質改善の役に立てば本望だ。彼が倉庫にやってきたことを私が黙っていればいいのだ。そして対面して、仔細省いての退職のあいさつを兼ねて謝辞を伝えればいい。

「お疲れさまです。こちらこそ先日はありがとうございました。明日の件、了解いたしました。おそらく19時前に全員退社していると思います。確認次第ご連絡いたします」

メールを送信して電源を落としたら、急に心細く寂しい気分になった。

「この前のようなやり取りがまたしたい。本当は辞めたくない」

今になって叫ぶように思う自分が情けなかった。

―第6回(3月15日公開予定)に続く


永田利紀氏の寄稿・コラム連載記事
■連載
コハイのあした(連載9回)
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もしも自動運転が(連載5回)
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あなたは買えません(連載5回)
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保管料商売はやめました(連載8回)
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