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「うちの倉庫はダメだよな」第5回コラム連載

2021年3月1日 (月)

話題企画編集委員・永田利紀氏のコラム連載「うちの倉庫はダメだよな」の第5回を掲載します。ある物流部門の現場責任者「A課長」の物語を通じ、「物流現場を苦しめる根深い問題」に迫ります。

「うちの倉庫はダメだよな」第4回コラム連載
https://www.logi-today.com/420005

■ 管理部からの質問

棚卸データの差異で管理部から問い合わせがあった。この前は税務調査後に税理士からの質問や依頼項目がまとめて送信されてきたが、今回は公認会計士からの要望と確認事項がいくつかあるらしい。

(イメージ画像)

不定期に税理士と公認会計士がそれぞれに別の質問を向けてくるようだが、基本的には管理部にあるデータで回答できる類のものだ。しかし毎回欠かさす似たような質問がそのまま、右から左に物流部の事務社員に投げかけられる。

「毎月末提出している○○○表の下段にあります」や「毎日〆後に送信しているフォーマットのp.3です」のようにうちの部署の者が解説するのだが、聞いたハナシを左から右に戻すように伝言しているだけらしく、関連質問も同じように追加されるし、同種同内容の質問があっても、やはり判で押したように物流部に質問をコピペしてくる。ただし、「会計士の方に直接お答えしましょうか?」という申し出には、断固として「いいえ、それはこちらでやります」の一点張りなのだという。

今回は珍しく管理部の課長と顧問会計士が揃って倉庫にやってくるのだとか。そういえば管理課長はこの前の人事で営業から異動したばかりだ。優秀で出世頭として社内でも有名だったので、別部署への異動にはさまざまな憶測が飛び交った。「何かやらかしたのでは?」や「増長して上司の不興を買った」「好事魔多し」などの噂話や陰口は聞いて愉快なものではないし、外野席での小声のヤジにはうんざりだ。もし物流部の自分のポジションへの異動だったなら、いったいどんな言い回しになっていたのだろう、と考えた記憶がよみがえって不愉快になってしまった。

いつもどおり、うちの部長はあいさつと最初の10分程度立ち会うだけで、質問への受答えを含む応対は私ひとりの仕事になるはずだ。おかげで昨日の業務終了後には必要ない大掃除を行ったし、今朝も掲示物や倉庫事務所内の美装や書類保管場所の整理を部長自らが指示してバタバタしていた。社員やパートさんたちは心得たもので、指示に従ってせっせと動いているが、普段から毎朝の美装と整理はルールどおりに徹底しているから、たいして変わり映えしない。備品の位置を少し変えては戻したりの連続で事前準備は終わるのだ。

「改めて用意したり身構えるようなことはありませんよ」と再三部長には伝えているが、本人は不安で落ち着かず、聞いてはいるがじっとしていられないらしい。部下を疑っているというわけではなく、性分がそうさせるのだと思う。

そもそもが在庫データは現場でみているローカル画面しか機能していない。いわゆる「マスター」は商品部の入荷登録と新商品の品番発行、廃止品のコード修正や簿外処理などしか使われていないし、営業は一応在庫数をみているが、必ずといっていいほど倉庫事務に「○○○-**-000ですが、残数25で間違いありませんか?」と確認してから受注伝票を発行するのだ。時には「一応現場で数えてきてもらえませんか」などと依頼されることもあるようだが、その営業担当者にしてみれば自衛手段としてやむを得ないのかもしれない。マスターを鵜呑みにして受注から出荷に回すと、往々にして「欠品」「不足」「入荷待ち」の憂き目にあうからだ。

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マスターがローカルをリアルタイムで反映すれば済むハナシであり、セキュリティの問題でローカル側から合わせにいくことが難しいなら、毎朝マスター側からバッチ処理すればよい。しかし厳密な時間割やルールもなければ自動同期するわけでもないので、管理部の商品部・物流部担当の事務員が手作業で操作しないといつまでたっても現場の実データと合致しないままなのだ。

「管理部の○○ですが、明朝9時30分に在庫マスターデータをシュウセイしますので、本日中にチョウセイ事項の処理をお願いします」という電話が月に数度。総在庫の帳票管理は、管理部の女性事務職と物流部のシステム担当者の間でチョウセイとシュウセイを繰り返しつつ、不定期に30~1時間程度かけて行われている。

自動同期は「できない」のではなく「しない」のだと聞いている。また、バッチ処理をルーティン化しない理由は、商品部が入荷情報と仕入情報を切り分けているため、管理部に双方が揃った段階でマスター反映するから、ということだ。聞けば聞くほど「操作」「時差計上」「恣意的」のような言葉が混じった作文になりそうだが、ややこしいハナシに発展すること必至ゆえに、深掘りして考えることは禁物だ。ただ、簡潔で合理的な物流業務からは遠のくことだけは疑いようがないと思う。

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仕入れたものを最短で売れる状態にして、受注から納品までの時間短縮することで資金繰り寄与となるし、入荷情報の正確さとその営業現場への反映は、先納期の調整と約束による受注獲得の援護となる。「入ったらご連絡します」ではなく「次の入荷分を押さえますので、○月○日納品で承れます」という会話を営業が臆せず疑わずにできる体制は好ましい。

その一端を担う強い物流機能は経営の下半身とも形容される。速く走るにも高く跳ぶにも、強くしなやかな下半身の存在は不可欠。それが我々物流部の気概と誇りであり、基本認識として最初に習うのだが常だった。

基本の貫徹ができていない現場には必ず不備や事故が付いてまとう。基本をないがしろにしたり忘れたりすれば、必ずその報いに見舞われることを心に深く刻まなければならない。それが新人時代に物流部長でもあった専務から徹底的に刷り込まれた「掟」だった。掟を破る者は部内を超えて会社全体に不利益や信用の失墜をもたらす。

規則や法令などに先駆けて、掟を守ることこそが会社の未来を盤石にし、そして透明な信頼関係や信用を培うことにつながるのだ。そして掟は時代や市場の動向にあわせて形を変えながらも、その本質は不変のまま、経営の深い場所を流れる清冽な水として存えなければならない。「変えるべきこと」と「変えてはならないこと」を見誤ってはならないのだ、と。

「君はその”変えてはならないこと”がわかっているかな?」答えられない私に、専務の言葉が続けられた。「”本当のことを貫く”だよ。それだけは何があっても曲げてはならない」まるで語りかけるかのような言葉だった。

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今の私は専務に顔向けできない体たらくだ。うちの倉庫がダメなのは、倉庫の現場責任者である私がダメだからだ。私は本当のことを曲げている。もう誰も口にしなくなった専務の教えであるわが社の掟。それは自身との約束事でもあったはずだが、違えるようになって久しい。

管理部からの質問には一言「提出データにすべてある」と返せばよいだけだ。商品部には現状の入荷実態を起因とする実害と解決方法を具体的に記して書面で提出。営業には管理部と商品部への改善依頼を理解してもらい、その推進への協力を求める。部長名での申し入れ却下や私の名前で作成した書類提出稟議に承認印を押さないことや、その中身をシュウセイして他部署と事前にチョウセイすることも何度となく繰り返してきた。しかし結果として改善要望書の正式な提出と稟議回覧は実現せず、部署内での努力目標として古い備品のように存在している。

上長や会社の批判や評論の前にやらなければならないことがあるのを自覚しながらもごまかしてきたのは自分自身だ。苦しくやるせないのが嫌で、他者や組織に責任転嫁していることを恥じながらも甘んじてきた。優柔不断と保身でできている袋小路から抜け出るには後退りするか、壁を突き破るしかない。次にどうするべきかはずっと前から判っていた。そして、何があっても本当のこと貫くためには、もう一枚書いておかなければならない書類があることも。

本気で本当のことを貫く。忘れものを引き取りに行かなければならない。遅すぎたかもしれないが、たとえそうであってもこれ以上自分との約束を違え続けたくない。

―第6回(3月8日公開予定)に続く


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コハイのあした(連載9回)
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